2007年11月07日

許すと言うこと

許せないと言う気持ちは、
心にできた腫瘍のようだと思う。
それがあることで、心はひきつれて、
ものごとをしなやかに受け止めることができない。

許したつもりで、
許していない自分を発見する時、
じゃあ、この、自分の受けた負のエネルギーを
いったいどうしたらよいのか?途方にくれる。
心に穴を開けつづけるやりきれない出来事をどうしたらよいのか?
穴の開いた心から、そそいでもそそいでも暖かいものがこぼれて行く。

誰かを、何かを、許せないと言うことは、
自分をも許せないと言うことだ。
非を取り上げ、責める相手を探す時には、
自分にも厳しい目を向け、心を縛ることになる。

だから、許すと言うことは、
相手を許すと言うだけでなくて、自分を許す事。
許さなくちゃと言うよりは、許していいんだよと言う事。

だめな誰かとだめな自分を同時に慈しむ。
やりきれない出来事を回避する責を負うことはなく、ただそれを悲しむ。
心に慈悲を持つと言うのは、つまりはそう言うことだ。
そこから先は神さま仏さまの領域。いくらでもガス抜きできる安全弁。
グリム童話で言うところの「いろんな心配は神さまにお返しして」と言う奴。

大仰な響きだけれど、
誰のためでもなく、
自分のため、
それこそが心の傷をあがなうもの。
posted by ゆめ at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | ゆめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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